誰かの期待に自分を入れておく
ゴンドウクジラ、というイルカがいます。
・・・え?
ゴンドウクジラは「イルカ科」に属しているため、生物学的にはイルカの仲間ですが、
一般的に体長4メートル以上のものをクジラ、それ未満をイルカと呼ぶ慣習があるため、
約4〜6メートルになるゴンドウクジラは「クジラ」と呼ばれます。
なので、やっぱりクジラらしいです。
当人(当クジラ?当イルカ?)は何も気にしていないと思いますが、
呼び名や意味の境界があいまいなものに目を向けてみると、発見があります。
その一つが、”主体性”と”自主性”です。
どちらも同じような意味だと思われがちですが・・・。
元サッカー日本代表監督の岡田氏と、元横浜創英中・高等学校校長の工藤氏の共著、
『THE CAPTAINSHIP(ザ・キャプテンシップ)』という書籍にて、
以下のように指摘されています(工藤氏の説明)。
以下、同書より引用抜粋
主体性と自主性を同じ意味だと勘違いしている人が多いけれど、両者はまったく違います。
「自主性」は簡単に言えば「自ら進んで行うこと」ですが、
「大人がやって欲しいことを進んで行う」というニュアンスも含まれます。
一方、「主体性」は「自分で考えて、判断し、決定し、行動すること」ですから、
自分で考えた結果、大人がやってほしいことを「やらない」と決めることも、
主体的な行動の一つと捉えることができます。
これまで日本の学校教育が育てようとしてきたのは、自主性です。
教員や保護者、または組織が期待することを自ら進んでやれる子供を褒めてきました。
自主性のある子は、組織や学校、保護者にとって、
とても扱いやすく、気持ちのいい子どもですからね。
・・・なるほど、確かに違いますね。
続けて岡田氏は、日本サッカー界が長年の課題となっている、
「言われたことはきちっとやるけど、自分で判断できない」という問題も
この主体性が不足している、という見解を示されます。
(非常に興味深い内容でしたので、気になる方は書籍を読まれてみて下さい)
この指摘や見解をうけ、
では、ビジネスパーソンはどうやったら主体性が持てるのか?
と考えながら、ふと思います・・・。
自主性があるだけでもすごく良いことだよな、と。
誰かの期待を汲み取り、それを指示待ちではなく能動的に取り組めるというのは、
めちゃめちゃ重要なスキルです。
そしてそこに、主体的な”自分の考え・意志”も加わると尚良いのかもしれません。
であれば、違いを知ったうえで、
あえてつなげて考えてみてもよいのではないでしょうか。
自主性の元になる誰かの期待。
その「誰か」の中に、「自分自身」を加えてみるのです。
自主的になされる意思決定や行動が、
顧客、上司、同僚、関係者、そして自分自身の期待に応えるものだとしたら?
より、ワクワクしてきませんでしょうか?
そして自分の「期待」を明確にしようとすれば、
それは主体的に考えることにも繋がります。
これまでの教育で、
自主性が育まれてきたのであれば、それを活かさない手はありません。
主体性と自主性。
明確に違いを知り、使い分けることも大事ですが、
あえてつなげて、取り組みやすいようにしてみるのもひとつの手です。
ポイントは、「誰かの期待」の“誰か”に、自分自身も加えてみることです。
試してみてはどうでしょうか?
自主的に。
いや、主体的にか?よくわからなくなってきました。
・・・カンムリワシにでも相談しましょうか。
(カンムリワシの名前の理由は、ぜひ調べてみてください)
追記)
自主性・主体性に関連するキーワードが”当事者意識”です。
では、どうすれば当事者意識が持てるか、ですが・・・。
下記もご参考ください(タイトルか画像をクリック)





